見上げた先は朧月
目の前には桃の花
では、足元にある其れは?
【桃源郷】
まるで霧のようにも見える薄い雲が空を覆い、柔らかく霞んで見える朧月。
もとより淡い光を遮れら、尚、儚い存在になりながらも、美しくあり続ける。
春特有の月の見える3月3日。
桃の節句として親しまれているこの日。
ある大名の屋敷で、開花したばかりの桃を愛でながらの酒の会が執り行われていた。
それは、この地域の有権者を一様に招いての盛大なものだった。
見れば、立派な枝振りの桃は、その枝に沿ってびっしりと美しい薄桃色の花をつけている。
今年も美しく咲き誇った桃の花に、上手い酒。
美しく着飾った女が会釈をしている。
始めて数時間が経過して、なお大いに盛り上がりを見せていた。
そんな最中にあって、大名は更なる余興があると桃の木の前に立って言う。
「それでは、これより舞の名手による、舞楽をご披露しよう」
大名はそう言って、有権者達の注目を集める。
酒席での興となるそれは、舞を伴う雅楽だ。
唐楽を伴奏とする左舞(さまい)と、高麗楽(こまがく)を伴奏とする右舞(うまい)の演奏にあわせて、舞手が優雅に舞う。
見るも雅なそれは、桃の花と相まってこれ以上とない、酒席の興となるであろう。
そして、場の更なる盛り上がりが期待できる。
それが、大名の狙いだった。
酒が入り、ほろ酔いの有権者達が自分に期待の眼差しを寄せている。
大名は、それに逸早く気がつき上機嫌で今宵の舞手となる者を呼び寄せた。
先に出てきたのは、楽器を演奏する2人の見目麗しい男女。
次いで、舞楽面をつけた、未だ子供の域を越えていないであろう2人は、面に隠れて顔が見えない為に性別が分からない。
ただ、面からでも見える瞳の色は、琥珀と黒曜。
髪の色は、蒼と黒。
つまり、碧い髪に薄い黄の目と、黒い髪に濃い黒の目、を持つ者であることが見て取れた。
兎も角、この4人が舞を披露するらしい。
大名からの一言があった後、左舞と右舞が演奏を開始する。
それに合わせるように、先に黒い目の舞子が動き出す。
そして、それに遅れること黄の目の舞子もまた。
ヒラヒラ
ヒラヒラ
美しい着物をはためかせ優雅に舞を踊る。
演目は東遊び(風俗歌にあわせて舞う舞の一種)に良く似せたモノらしい。
愚かな大名が、自らの肥やしを得る為に奮闘し成功を収めるが、結局、最後には身を滅ぼすという皮肉を歌ったもの。
東遊びは歌を伴うのだが、こちらは歌を伴わず、伴奏と舞だけで歌を表現する。
元々が、この様な演目が多いのか、それとも上機嫌なだけなのか…否、上機嫌なだけのようだ。
このような演目を、このような席で見せられれば、憤るだろう、と思うのだが、大名は大層、上機嫌で、
「ワシも、気をつけねばなぁ」などと言って、舞に見とれながらも有権者達と笑っている。
そうしている間に、舞いは架橋に入ったようだ。
始まりは優雅の一言だった舞も、大名が没落していくシーンに差し掛かると同時に勢いを増した。
曲がテンポの速い激しいモノになる。
其れと同時に、舞手の動きが早くなり…
と、その時に黄の目を持つ舞子の方が、大名へと
たん
飛び跳ね
すぅ
手にした閉じられたままの扇を突きつける。
「肥やしを得た大名に」
歌のない演目の中にあって、凛とした声が響く。
「血の裁きを下しましょう」
次いで、黒い目の舞子が言う。
2人とも声の調子からして少年のようだ。
そんな少年達の声が響き…
演奏者は、少し不思議そうな顔をする。
この演出は話にはなかったのだろう。
しかし、それもまた、興の一つだと思った大名は、
「おお、恐ろしいやな」と恐ろしそうな演技をし楽しげに笑い言った。
…瞬時。
ざしゅり
音と共に、大名が倒れた。
その首を刎ねられて…。
笑ったままの状態で顔が落ちる。
そのすぐに、今度は、ごろり、と倒れる胴体に。
それを見ていた有権者達が、息を呑んで、そのような強行に及んだ黄の目の舞子を見た。
黄の目の舞子は、面をつけて唯一わかる目を細める。
それは、まるで獲物を狙っている冷酷な獣の其れのようで…
その場にいる者すべてが、恐怖に凍った。
凍っていた時が動き出したかのように、何処からとも無く悲鳴が上げられる。
逃げ惑うように動き出す人々。
しかし、それは叶わなかった。
「「裁きを」」
まるで、舞の続きのように
クスクス
そんな無邪気な笑いを立てて
舞子であった、今はもう、暗殺者が2人声を合わせていった。
黄の舞手は、恐ろしく良く切れる糸を手に舞手らしく、舞を舞うことで人を殺め
黒の舞手は、懐に忍ばせた短剣を手に、こちらも優雅に舞って見せた。
それを楽しむものなど居はしなかったが。
それから、まもなく
結局、2人の手から逃げられた者は誰一人おらず、あれだけ盛り上がりを見せていた屋敷は、今や不気味なまでの静寂の中に落とされ。
一面に広がる朱に、ただ2人だけが佇む。
黄の舞手だった者が言う。
「任務完了」
それは、冷たく軽薄な響きを持って空気に溶けた。
ふぅ、と黒の舞手だった者が、ため息をつき、
「メンドクセー。なんで、こんな恰好しなきゃ、いけなかったんだか」不満に満ちた声を上げた。
「俺もそう思いましたが…仕方がありませんよ。こういう任務内容だったのですし」言って苦笑したのは、黄の舞手だった者も、少なからずそう思っていたのだろう。
「ま、そう言われりゃ、おしまいだがな」いい、しかし、納得していない風に嫌そうな声を出す。
そして、黄の舞手だった者を見た。
彼の者は、今宵、舞の演奏者であった者、今は自分たちの手によって刻まれた躯を見下ろしていた。
「葬火?」不信そうに声をかける。
「あ…ああ。彼らも運が悪かったなあっと思いまして」その声に反応して、顔を上げ、そう答えた。
その中に、罪悪の響きなど全く無かったが。
それもそのはず、【葬火】と呼ばれた少年は、忍として生きる者だ。
しかも、現在、忍の隠れ里の一つである木の葉の里にあって一の実力保持者であり、また、暗部の総隊長を任されている凄腕だ。
そんな彼に、任務内で人を何人殺したからといって罪悪を持てという方が間違っている。
「あ"、確かにな。まあ、居合わせちまったんだから、それこそ仕方がないだろ。この場にいるものすべての殲滅。それが俺たちの任務だったからな」
「そうなんですけどね」おどけた様に肩を竦め、「それより、戒…」と相手にのみわかるニュアンスで続けて言った言った。
黒い目の、彼もまた葬火と同じ忍であるものだった。
そして、彼もまた暗部に所属している、名を【戒】と言う。
戒は葬火ほどの実力はないまでも、その頭脳をかわれ暗部に入ったものだ。
戦闘力が重視される暗部にあって珍しいタイプの人間だが、戦闘力があっても死んでしまっては元もない。
死なないためには、其れ相応の策が必要なのだ。
そして、その策立てをすべて任されているのが彼であり、葬火の片腕として参謀を担っている。
葬火もまた、そんな彼を信頼しており、1人を好む彼が、唯一、共に任務に当たる。
今日は、丁度2人任務だった。
というのも、暗殺人数的に言えば1人でも申し分なく出来たのだが、舞手に扮しての事だったので、それならばと2人での任務になったのだ。まあ、これは余談だが。
「おー。でも、まあ、まだ少しなら良いだろ?」
戒は、「そろそろ行きましょう」と言う葬火に、言われた言葉を正確に判断しての返答をする。
「何か、まだありましたっけ?」ここに留まる理由がないと、葬火は言う。
「いや、何。桃の花が…な」
「ああ、そういうことでしたか。確かに綺麗ですよね」
花が好きな葬火が目を細めて、桃の木を見るが、「でも、珍しい。メンドクサガリの貴方が、そのようなことを言い出すなんて」と意外そうに言った。
「珍しいねぇ…まぁ、確かにな」自分が極度のメンドクサガリなのを自覚している戒は、反論せずに愉快そうに笑うだけ。
そして、それを胡乱げに見る葬火にこんな事を言った。
「どこぞの国の漁師が、桃の咲き乱れる林の奥に迷い込んで楽園を見つけた、て話があったと思ってな」
「ああ、確か、桃源郷…とか言うアレですか?」
戒の言葉に思いあたる節があったのだろう。
少し悩んだ後に、葬火はそう言った。
「おー、それそれ。何かの古い書物に載ってたのを今、思い出した」
「へー……。って、まさか、ここがその桃源郷だと?」言いたい訳では、無いですよねっという響きを含ませ、辺りの惨状を見ながら言う。
面の奥の目が冷たい。
戒は、そんな葬火の反応を楽しげに見たあと、そっと葬火の面を外しながら
「その通りだと言ったら?」言った。
そんな戒の行動によって、露になる表情。
それは何とも言えない、様々な感情の折り重なったようなモノだった。
そして、そんな表情で「悪趣味の一言ですね」と、そう嫌そうに呟く。
呟いた後、自分だけ面を外すのは…という思いで、戒の面を取る。
戒はやはり楽しげな表情をしていた。
「大体、何故いきなりそのような事を言い出したのですか?思い出しただけなら、口に出す必要も無かったでしょうに」
「ああ、否なに。はじめは、桃の花言葉を思い出してたんだが…それでちょっとな」
そう言って、戒は朱に染まる地に、さらに人だったものがバラバラとある事をまったく気にも留めず、自分たちが舞を舞った、桃の木の傍まで歩いて行く。
そして、桃の木の枝を1本、手で手繰り寄せ、
「桃の木の花言葉は辛抱・忍耐、そして、あなたに心を奪われた…だ」真剣な表情で葬火を見る。
葬火は、確かにそうだったなぁっと、自分の記憶を頼り、そして、「それが?」と話の続きを促す。
「辛抱・忍耐はお前に」
「は?」
「そして、心を奪われたのは俺」
「何が仰りたいので?」
「だから、花言葉がぴったり合うだろ?」そう言って、戒はクツクツと喉を鳴らして嗤った。
葬火は…やはり言われた言葉が理解できなかったのだろう。
少し悩んだ後で、「それは、オレが日常を辛抱・忍耐している…と?」言う。
「つーか、してるだろ?日中のドベ下忍の振りして下忍の護衛任務に然り、里の待遇に然り、そして、暗部内でも然りだ」
「はぁ。まぁ、確かに、してないと言えば嘘になりますけど、それは戒だって同じでしょう」葬火は言う。
戒だとて、下忍護衛の任務に当たっているのだ。面倒事が嫌いな彼にとってみれば、大いに当てはまるのではないか
そう、葬火は思った。
しかし、戒の考えは違った。
「ああ。確かに、メンドクセーことには、変わりないな。以前のオレだったら当てはまっただろうさ」
でも、今は違うと戒は言う。
「今は、お前が傍にいるからな。オレが唯一、心を奪われた」
真顔でそのようなことを言われてしまえば、葬火は絶句するしかない。
よくもまあ、ぬけぬけと…と思いつつ、でも結局は「物好き」と、そっぽを向き、一言を呟くのみに終わってしまった。
しかし、戒から次に続く言葉は無かった。
このままではいつまで経っても話は終わらないだろうと、喰えない男の事を思い、葬火はため息をつき、呆れを滲ませた目と口調で続きを促す。
それが、桃源郷と何の関係があるんだ…と。
「だから、心、奪っていた、桃の花であるお前といる場所が桃源郷。まあ、此処で無くても良いんだがな。そう、思った訳だな。以上」
「は?どこでも…ですか?」
「そっ、どこでも…だ。」
「ああ。ナルホド。たとえ、それが足元に死体がゴロゴロ転がっている地獄絵図でも・・・俺と一緒なら、という意味ですか。それこそ、酔狂の域ですね。ゴシュウショウサマデシタ」
葬火は、今度こそ、呆れを前面に出して冷たい視線を向け、憎まれ口を言う。
それすら、楽しいのだと、戒は嗤っているが。
「ああ、でも…」
そんな戒を睨みつけ、でも、何かを思い至ったのか、葬火は、桃の木を見上げる。
「桃もサクラ科なんですよね」
「ん?」今度は戒が疑問を持つ。言われたことが分からないと葬火を見れば、
「ですから、桃もサクラの一種なんですよ」言って、楽しげに目を細める。
そして、
「サクラの木の下には死体が…。サクラが人の血で美しくなるのならば。では、桃の木には何があるのでしょう…と思って」と。
「今現在でしいて言うならば、死体…だな」
そうですね、と葬火は何が楽しいのかクスクスを嗤い出した。
そして…
「そして、人の血を吸ってなお美しさを増す桃源郷」
葬火は言って、右の手をふわりっと垂直に舞わせた踊った。
舞手の姿のまま、それは、本当に舞手のように、楽しそうな表情あらわに、雅に動く。
そして、その後を追うように、作り出された蒼い炎が、地にこびり付いた死の穢れを祓うように燃え広がって…
2人一緒ならそれも悪くない
どちらとも無く呟きがもれた。
その次の瞬間。
残ったのは桃の木のみ。
霞ある朧月だけが其れをただ黙って見守っていた。
END
フリー期間だったので、またもやいただいてきました♪
いいですよねぇvv
スレ設定大好きです!!